プレコチリコとは


I don’t dream at night, I dream all day;
I dream for a living.
わたしは夜夢を見るんじゃない。一日中夢を見ている。
生きる糧として、夢を見ている。

(スティーブン・スピルバーグ)


ふと立ち止まり
湧き上がる感情に耳を傾ける瞬間
湧き上がる感情に想いを馳せる時間



生きる意味に、
用意された「正解」は
どこにもないのかもしれない。
湧き上がる感情に想いを馳せ
言葉を紡ぎ続けることではじめて
生きる意味を
自らつくりだすことができるのだろう。
「正解」は探すのではなく、
一生をかけてつくるものだ。


確かなことが存在しないこの世界で
私たちは日常を切り取り、
言葉を紡ぐことで
湧き上がる感情に耳を傾ける瞬間を
ほんとうの「わたし」に
想いを馳せる時間をつくっていきます。


湧き上がる感情に耳を傾け、
想いを馳せる時間。
それは、ふとした日常の中に眠っている。
おいしいものを食べたときかもしれない。
本や映画の世界に
触れたときかもしれない。
幼き頃を思い出すブランケットに
包まれたときかもしれない。
人それぞれに
自分にしかわからない、
けれどたしかな瞬間を
誰しもが持っているだろう。


どれも「わたし」を形づくる
大切な瞬間であり、
生きている証。
たとえ世界が移り変わろうとも
「わたし」という運動は、
決して消え去ることはなく
日記に綴られた言葉たちを超えて
重ねられていく。


触れたとき
湧き上がる感情を感じ得るものは、
かけがえのない
あなただけの“お気に入り”となる。
そのとき、自分の中にいる小さな子どもは
笑っているのだろうか。


私たちの生きる世界は、
流れることをやめない河のよう。
立ち止まることすら許されない。
そう感じてしまう。
愛おしいはずの「わたし」の感情を忘れ、
置いて行かれないよう、
置いて行かれないよう、
ひたすら走り続ける。

だけど。
子どもの頃のように
湧き上がる感情に身を任せ、
心躍らせることは
もうできないのだろうか。
いつだって大切に傍らに置いていた
味方のようなおもちゃやぬいぐるみは
もう過去のものなのだろうか。


今も自分の中にいるはずの小さな子ども。
その口を塞いでいた手を
静かにそっと離してみよう。
ちょっとの勇気に身をゆだねたい。


言葉を紡ぎ続けることで
世界は鮮やかに、彩り帯びるはずだから。