「家族の一員」テレビ台がくれたインテリア以上の価値を感じる時

テレビ台

身の回りにあるものを、ふと見渡した時。
家具やインテリア、モノを通して自分の軌跡を感じる瞬間があります。
なんだか温かくて、少しだけ自分をぎゅっとしてあげたくなるような…
そんな気持ちを教えてくれた、私のテレビ台のお話を、少しだけさせてください。

私の実家のテレビ台は…

初めての一人暮らしは2年ほど前になります。
おうちを選ぶのも初めてでしたが、インテリアを自分一人で選ぶことも初めてでした。
それは、まるで自分の巣をつくっていくような。
わくわくとした高揚感と小さな心許なさが入り混じった不思議な感覚でした。
店頭やネットを駆け回り、一つずつお気に入りのものを集めていったのを覚えています。

その中でも、最後に決めたのはテレビ台。
決めたのは最後でしたが、頭の中にはずっと「こういうもの」と思い描くものがありました。
それは、飾るスペースのある、横に長いテレビ台。

なぜ、横に長いテレビ台だったのでしょう?
もしかしたら、実家のテレビ台の影響を受けていたのかもしれません。
というのも、実家のテレビ台は横に長く、そこにたくさんの小物が飾られていたのです。
何かの賞でもらったトロフィーから、写真、旅行先で買った置物、大きなぬいぐるみまで…それはもう、賑やかなものでした。
幼い頃からずっと見てきた実家のテレビ台は、いつの間にか私の中に自然と浮かぶ「テレビ台」になっていました。
そして、それは家族の一員として、たしかにそこで育ったことを感じさせてくれるものでもありました。

私のテレビ台は、家族の一員であることを思い出させてくれる

テレビ台_飾り

だけど。
私の家にあるテレビ台は、実家のテレビ台と同じようには飾られていません。
なまいきにも、実家+私流といった感じでしょうか。
テレビ台の空いたスペースは、季節を感じる草花を飾ったり、お香を焚いたりと、私にとってほっと一息つく心落ち着く場所。

「飾ることが好き」なのは、きっと私の中に刻み込まれた、家族を感じる何か。
そして、私なりに飾るところには、こっそり「私らしさ」が見える何か。
だけど、もしかしたら、そんな「私流」も誰かへの憧れだったり、仲の良い友達の影響だったりするのでしょうか。
そんな風に思うと、自分はこれまで出会ってきた人によって、つくられていたりするのかな、なんて思うのです。
今のテレビ台を見ていると、家族、そして、それをも含めた自分の軌跡を感じる瞬間があります。

家具やインテリアがくれるもの。モノ以上の価値あるもの

自分を捉えることは難しいけれど、ふと身の回りのものに目を向けてみると、自分自身に触れる瞬間があります。
それは、必ずしも優しいものだけでなく、胸の痛むものもあるのかもしれないけれど、それをも含めた自分を感じる時、少しだけぎゅっとしてあげたくなるのです。
離れていても、家族の一員だということを気づかせてくれるテレビ台には、もうしばらくお世話になりそうです。