閉め忘れたカーテン。雑貨が教えてくれたゆったり過ごす朝
閉め忘れたカーテンがくれた朝の時間
コロナウイルスの影響で外出自粛の生活が続く中、仕事も在宅勤務に切り替わり、おこもり生活を開始して数週間が経ちました。
通勤時間も無くなり、いつもより少しゆっくりと過ごせる朝時間が出来ました。しばらくの間は、いつもより少し遅くまで寝てみたり、いつもは食べていない朝食をちゃんと作って食べてみたり、通勤していた頃の朝時間にはできなかった事をアレコレ試していました。
最近では、少し遅めに起きて気が向いた時に遅めの朝食を取りゆったり過ごすという朝時間が定着してします。
ゆったりした朝時間にもずいぶん慣れてきました。
季節も春から初夏へと移り、その日は夏を感じさせる程の暑い日でした。夜になっても気温は高めで、少し涼しい風を入れたくて窓を開けて過ごしていました。その日は、そのまま窓とカーテンを開けたままで寝てしまいました。
翌日の朝、窓から入って来る少し涼しい風と、太陽の光に起こされて、久々に朝日が昇る光景を目にしたんです。
朝日がまさに今、昇ろうとしている瞬間でした。
ベランダに出て、遠くの家々の屋根の上に太陽が顔を出して昇っていく光景を時間を忘れて眺めていました。
今日という特別な一日を思い出した朝日
見とれる程に美しい光景でした。
真っ赤な朝日が青空に昇るのを眺めながら、その景色を目の前にして 「今日という日がはじまったんだ!」と自然と言葉が出てきました。
家にこもりきりになる事が増えた事で、環境変化が少ない生活になり、いつの間にかそんな日常に変化を感じにくくなっていました。日々の新鮮さを感じとるセンサーが鈍っていた自分に気づきました。
朝日を見ながら、今日という一日の新鮮さを感じて、この一瞬がとても貴重なもののように思えたんです。
自然と“今日一日を味わって過ごそう!”と思えて、 特別な何かがあった訳ではないのに、その日は夜まで気分よく過ごしている私がいました。
もしかしたら、この一日、一瞬がとても貴重なもののように感じたのは、幼少期の経験からかもしれません。
私が幼少期の頃、朝日が昇るのを見たのは年に1~2回程度。何かしらのイベントや行事のある特別な日でした。
例えば、元旦にわざわざ一番近い山の頂上に上って初日の出を見た日や、ワクワクが止まらなくて、夜明け前に目を覚ましてしまい、そのまま眠れずに家の外に出て朝日を眺めて時間をつぶした修学旅行当日の朝など、朝日とともに“今日一日しかない特別な日”という記憶と感覚が呼び起こされたのかもしれません。
心にスイッチが入る、ゆったり朝時間
閉め忘れたカーテンのおかげで、“今日”という日がたった1回しかない特別な一日だったという事を思い出しました。一見変化していないよう見える毎日の中にも、新しさが必ず隠れている事に気づかせてくれたんです。
その日から、寝る時にたまにカーテンを開けて寝ています。
カーテンを開けて寝た翌朝は、ベランダに出てゆったりとした朝時間を過ごしています。
毎日違う表情の空を眺めたり、太陽が見える日は太陽の昇る位置が日々変わっていく季節の変化を感じたり、雨で太陽が見えない日でも、ベランダにある植木を見ると、昨日出ていなかった葉っぱの芽が新しく出てきている事を発見したり、植物も日々違う表情を見せてくれているんです。
そんな小さな変化に気がつけるようになりました。
今では、この朝時間が日常の小さな変化を感じ取る心のスイッチを入れてくれている気がしています。
一見変化の少ないように思える外出自粛生活の何で、心のセンサーにスイッチが入ると自然と日常も色鮮やかになるんです。
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