ホーチミンで客引きと食べた鳥の頭焼き-バックパッカー旅行

17年の夏、ベトナムのホーチミン市で大体の観光をし尽くした僕は、いつ北上のチケットを取るかを考えながら時間を過ごしていました。しかし目を上げれば、端正なコロニカル建築とコンクリート建築の現場、そして信号もない道路にとめどなくあふれるバイクの洪水。なかば心地よくもあるそのアンバランスさにひかれてしまい、もう少し、この街に潜り込んでみたいと考えるようになりました。

Ho Chi Minh観光は順調な滑り出し

ホーチミンに着いたらしようと思っていたことは、抗戦博物館とゲリラ戦の跡地を見学すること。戦闘に使われた兵器や塹壕痕、戦争遺跡が展示されている博物館では、すぐ隣のガンシップをバックに観光客記念写真を撮っている。人がたった一人でも通りきれないような塹壕を這いつくばるように見学すると、出口で案内係の女性が次の案内場所へ進もうと私たちを先回りして待ち構える。

そんな光景を見ると戦争とは過去の遺物という感じがしてきます。豊かになったベトナムは過去を克服できたのだろうか。それでも”これが戦争の痕です”と、ある一面だけを見せられているような気がしてなりませんでした。

通り一遍の観光をし終わり、客引きに付いて行ってみる

3、4日の滞在で大体の観光を終え、やる気のない中央郵便局の窓口から国際郵便を出してしまうと、いよいよする事が無くなってきたことに気が付きました。さて、どうしよう。わざわざベトナムまでに通り一遍の観光をしに来たのだったかしら・・・。

そんな顔に気が付いたのか何人かの客引きが取り囲んでくる。いつもの癖で中央広場を抜け、大通りを渡り、商店街を半分まで来たところでほとんどの客引きがあきらめて踵を返したところで最後に残った客引きを見た。74、5歳ぐらいのベトナム人によくいるやせ型の老人で、半袖の国民服を着て人の好さと狡猾さが合わさった様な笑顔でこちらを射止めていました。「ホーチミンに来たんなら面白いもんを見せてやる。観光だよ、マスター。」と客引きの老人は言いました。ひどく支離滅裂な英語だったのに、何となく言っていることはわかったのが不思議です。

バイク ベトナム 

誰もいない”寺”の見学

東南アジアでは観光客引きと言ってもタクシーの副業が関の山。今回の老人はさらに手軽に、ホンダの原付で流す”バイタク。幹線を縫うように走る50ccにしがみつきながら進む先は、どんどん狭く、途中から信号と白線はなくなり、ついに道路の舗装は砂利になっていきます。

「ここ見学してきなよ」

そういわれて見上げると、そこは確かに観光案内には載っていなさそうな寺社。一応案内を受けた手前、あまり早く帰るのも勿体無い、そんなことを巡らせながら階段をゆっくり上がると、途中で昼寝をしている犬と目が合いました。犬は「何も思うところはない」とでも言うように尻を高くつきあげてひと伸びをすると、器用にけもの道を下って行きました。そこから振り返るとバイクの脇で涼みながら待っている老人に手を振ると、肩ぐらいまで上げて中途半端に挨拶を返してきたのでした。

チケット ベトナム

333とSAIGONビール

さらにバイパスを抜けていくと付いたのは色のない街。道端で売っているコカ・コーラ、走っている車、人が来ている服。どれをとってもいつも見ている色からは2段ほど落ちてくすんだ色をしています。小さな土色をした建物で椅子につくと[333]と銘柄の書いた制服を着た売り子がビールを売りにきます。一人が[333]でもう一人が[SAIGON]の緑色のエプロン。どちらも粉塵を巻き上げてバイクが走る場末の飲み屋でする仕事にうんざりしているのよ、と顔に書いてあるかのようです。

老人がわめきたてて注文をしている間に二人から一本ずつビールを開けてもらい老人に渡します。あまり景気よく飲まれるとこちらが困る、と伝えたかったのですがうまく英語になりません。都合の悪いことは聞こえないのでしょうか。帰りの道を知っているのはこの運転手一人だけだったし、飲酒運転で手元が狂って放り出されるのは御免です。そしてなにより、此処の支払いも客持ちなのですから。

鳥の頭の郷土料理

そんなことを考えているといろいろと料理が運ばれてきました。
 トマトときゅうりのサラダ
 緑のズッキーニの様な野菜とニンジンを甘酢で煮たようなもの
 野菜と豚肉の中華風ソテー

こちらに来てから主食がもっぱらフォーとモーニングサービスのバインミーになっていたので、はじめて食べる異国の郷土料理です。「なんだか意外とふつうだ」なんて思っていると皿にこんもりと素揚げの様なものが盛り上げられて厨房から運ばれてくるのが見えます。
「うまいぞ、食ってみろ」
手羽先でも摘まむ様に奨めてくるのをよく見てみると、色が濃くなるまで姿煮で調理した鳥の頭のようです。実に器用に骨をバリバリと砕いて食べているので興味を持って食べてみると、パリパリとした食感が独特なから揚げといった感じ。見た目よりはだいぶまともな味わいをしていたのでした。

鳥の頭 料理

戦争負傷兵だった老人

老人はビールを飲むのに飽きたのかボタンシャツの腕をはだけて左腕を見せてきます。
左腕の肘から上が大きくえぐれてめり込んでいるようでした。
「戦争で削れたんだ」「昔、北のほうに従軍していた」
ホーチミンで外国人相手のたかりをしているのが元兵士・・・、もしかしたら戦争の被害者はまだまだ居るのかもしれない・・・
同情のするような目が気に障ったのか
「別に苦労していることはない」とあっけらかんと云った老人はエプロンのウエイトレスを呼ぶと、333をもう一本開けさせました。残った鳥の頭と野菜をポリポリと器用に食べる老人を見て、したたかに生きているこのベトナム人とした小旅行はきっと忘れないだろうと何本目かのビールを飲んで思ったのでした。

20ドル札と客引き

「150ドルだ!最初に言っただろう!」

ATMで足代をおろすと約束してホーチミン近くの銀行まで戻ってきてから、例によって金額のことで揉めはじめました。
「あれだけ飲み食いしたんだ当たり前だろう!」そんな声に(ほとんどおじさんが食べたじゃないか・・・)とあきれながらも
「10ドルだって払わないぞ、あんたがここに書き下したんじゃないか、自分で桁をよく見てみろ!」そう凄んで見せても、決して逃さんとする勢いで縋りついてきます。
「ついてこい!」特に行く宛ても解決策も手中にはなかった私は、二進も三進も行かなくなり街のほうへ向かって一人歩きだしました。
最初に声をかけられたあたりまで戻るまで粘り続けた老人がでしたが、ようやく根を上げたようで「わかった、わかったから、15ドルでどうだ・・・」。

・・・最初からそう言えばいいじゃないか、そう思いお釣りなど望むべくもなく20ドル札のa.ジャクソンを渡すと妙に上機嫌になって市中のゲストハウスまで送り届けてくれました。
あの言い合いは何だったのだろう・・・ふとそう思わせるほど人が良くなってしまった老人と握手をして別れると、水しか出ないシャワールームのついたゲストハウスへと戻っていったのでした。

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