最後の大会、僕は泣いた。大人の今は趣味の水泳、スポーツ。後編

沖縄のプールと県大会

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最後の大会、僕は泣いた。大人の今は趣味の水泳、スポーツ。前編

 

そして3年生の夏、同じメンバーで同じ競技に挑み、負けました。今でも鮮明に思い出せます。

緊張とリラックスの狭間の心臓音。
控室のじっとりした空気。
時おり吹き込む風。
プールに漂う塩素の香り。
照らしつける夏の太陽。
観客席から聞こえる声援。
足の裏で感じるデコボコしたプールサイド。
学校と選手名を読み上げる放送。

読み上げが終わり、一番目の選手が飛び込み台に上がります。そのとき会場は時が止まります。腕があげられ、スターターが鳴りました。一斉に時が動き出す。

誰もが俺が一番だ、という勢いで、飛び込み、泳ぎます。そうして一番目の選手が二位で戻ってきました。僕は二番目です。飛び込み台の上に立ち、その瞬間を待ち構えます。視界にはプールだけです。心臓が血を全身に送りこみ、体を巡る音が響きます。鼻は何も臭いません。

一番目の選手がタッチした瞬間、飛び込みました。一瞬、水が冷たく感じます。しかし余韻は残さず、ただただ泳ぐ、誰よりも速く泳ぐ、腕を回して、足で水を蹴って、足りなくなれば息を吸う。

僕にあるのは誰よりも速く泳ぐことだけ。

いつの間にか折り返しの50m地点に、ここは誰よりも美しくターンを決める。ターンを決めた直後、横目に隣のレーンを見る、何もわからない、見るのを辞めた。息を吸う回数が増えてきた、どうやら体が酸素を欲している。腕を回すスピードも落ち、徐々にペースが落ちてきた。

そんなこと知らない。ただ速く泳げればいいんだ。

僕は呼吸と疲労を無視した。ただ速く泳ぐ。そのために必要なことだけをする。誰よりも速く、速く、速く、速く、気づけば僕はゴールに。その時は何にも考えられなかった、息を吸って横になりたいとだけ感じていた。プールサイドに上がって倒れ伏したくなったが、まだ競技は終わっていない、気づけば三番目の選手、敬太が帰ってきた。最後の一人、桂佑が飛び込み台に立っている、この時点では2位だった。そうして桂佑が飛び込み、1分後。

負けてしまった。1秒、遅かった。

何よりも勝ちたいレースで僕は勝てなかった。

一番速いタイムでした。自己ベストを7秒も更新した13秒。最後の大会の前は今までで一番練習をしました。部活内の誰よりも真面目に練習に打ち込んだ自信があります。弱音も吐いた記憶がありません。一番本気でした。ただ速くなることだけを考えて挑んでいました。絶対に勝って、九州大会に行くと確信していました。

それでも勝てませんでした。勝てませんでした。僕の確信とは無関係に負けました。

そのことに気づいたのは更衣室で何かを洗い流すための熱いシャワーを浴びている時。頬を伝いました。止まりませんでした。蛇口を思いっきり捻って、声を誤魔化しました。水の音だけが響いていました。総合では優勝して皆も喜んでいました。一点の曇りもないカップは眩しく、優勝旗は風になびいていました。

嬉しかった。けれども、それよりも、勝って九州大会に行きたかった。

皆で枕投げしたかった。
一緒にラーメンを食べたかった。
九州大会という舞台に立ちたかった。
もっと皆と一緒に水泳をしたかった。

あの時の僕は何よりも、誰よりも、勝ちたかった。あの勝負で勝つことが最も重要だった。

もっと練習すれば良かった、もっと頑張れば良かった。当時はそんなことを考えていました。高校で水泳を続けた友達もいましたが、僕は水泳を辞めました。

大人の今では趣味になった水泳。

それから大人になり、水泳は趣味です。自己ベストを更新しようと練習するわけでもなく。ただぷかぷかと水を漂っています。

けれども、必ず思い出します。あの練習の日々を、レースの瞬間を。

ふと思い返してタイムを計りましたが、遅くなっていました。あの時よりも技術も筋肉量も落ち、何よりも速く泳ぎたいという熱意がありません。

引き絞った弓矢のように鋭い感覚で立った飛び込み台も、ただ速さだけを考えて水の流れを捉えようとする感覚も。あの時だからこその感覚なのでしょう。その瞬間にしか見えない世界があると知りました。

戻ってやり直したい、と考えてはいませんが。悔しいのは事実です。それを認識した瞬間。もっと目の前のことと真剣に向き合うようにしよう。そう決意しました。大人になってから水泳を趣味でやっているのは、その悔しさや決意を忘れないようにするためかもしれません。最近はプールに行けていませんが。きっと近いうちにプールでぷかぷかと浮かんでいるでしょう。

始めたころの感覚とあのレースを思い出しながら。

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