丁寧な暮らしや生活を考え始めたのは生きることへの違和感だった

モノクロな照明はあの頃の僕の景色

「眠い。」重い首を持ち上げて、何とはなしに時計を見ると16時半ごろ。もうこんな時間か、流石にこれ以上は眠っていられないな、と思いつつもまた寝転がる。

「あー、疲れたな」そう言うと何にもしてないくせによく言えるね、という言葉が耳元で囁かれる。自分でも分かってるんだけどなぁ、と思いつつも、その言葉で落ち込む。

違和感がありつつもあまりにも面倒くさくて、起き上がろうとも思わないし、やろうと思えることもない。

だったら勉強するか、バイトでもしろなんて頭の中でまた囁かれるけど、そんなのやる気も湧かないし、湧かせようとも思わない。本当にうるさいやつだなぁ、自分を苦しめてくるし、うざったい。

しかし本当に腹が立つけれども、居ないと居ないで困る、というかさびしいし、余計に感情の起伏が無くなりそうで怖い。

生きるということ、人生というものへの違和感

あの頃に見た空、雲がかかっていた。

大学1年生の頭ごろ、まだバイトもせずに学校にだけ行って、友達と遊ぶことにも飽きたころ。学校がない日は何もせず、何も食べず、全く動かず、水だけを飲んで、一日中家の中にいて、生活や暮らしをして。

変化といえば、薄暗く窓も少ない部屋で唯一外から差し込んでくる太陽の光が、朝やお昼の明るい元気な姿から、郷愁を覚える夕陽の色に変わり、しまいには暗くなって何も見えなくなる、それぐらいなもので。

何万年も何百万年も、人間が生まれる前から地球にはこんな風に太陽の光が注がれ続けているのだなぁなんてことを考えると、不思議なもので。

遥か太古の昔から、恐竜が草やお肉をむしゃむしゃと食べていたころも同じように地球は回っていたのかと考えると、さらに奇妙に思えてくるのです。

本当によく分からない世界だなぁ、生きている意味が分からないし、何で世界ってあるんだろう。というか社会や人間という存在そのものすら意味が分からない。

死にたいなんて思わないけれども、自分自身の存在が無価値で意味のないものに思えてくる。

疲れたころに僕が生きている意味ってないんじゃないだろうか、だとすると別になんもしなくてもいいし、これでいいかと思い、また光の変化を丁寧に眺め続ける。

その中で僕はあまり動くこともせずに、その変化を眠ってるんだか、起きてるんだか分からない、まどろみの中で、無意味だけど無意味じゃないことを考えていると、いつの間にか一日は過ぎ去っていき、恐竜と同じ過去のものになっていきました。

疲れたのでご飯を食べたら、生活や暮らしを感じた

バスからの眺め、流れる雨と木々。

それが二日間ほど続いて、三日目の朝になったころ、お腹が空いてきたし考えるのも疲れたので、ご飯を炊いて卵焼きを作り食べました。

「美味い」最高に美味しかったです。

それと同時にこうも思いました。「もっと美味しいもの食べたいなぁ」と。味噌汁を作りお肉も焼いてみました。さらに食事が豪華で美味しいものになりました。
甘いものも食べたくなったので、お菓子やアイスクリームを食べました、それもまた最高に美味しかったです。

これが生きてるってことだよな。美味しいものを食べたい、そう思うからそうする。じゃあ僕が他にしたいことってなんだろう、このまま家で光の変化を眺め続けても暇だし、やりたいことやってみよう。

そう考えて三日ぶりにペンと紙をもって机に向かい、特に深く考えるわけでもなく手が動くまま、気の赴くままにすらすらと紙の上に丁寧に生きてると感じることを、太陽が地球に光を浴びせるようにさんさんと降らせていきます。

そうやってペンを通して無意識が紙に潜り込む時間を過ごしていると、いつの間にかリストができました。

その時のリストの中身がどんなものなのかは残っておらず、何を書いたのかも覚えていないのですが、満足したことは記憶にあるのと、今とあまり変わらないだろうなと思っている自分がいます。

丁寧な暮らしや生活ってなんだろう

夕陽が落ちていく、一日が終わろうとしている。

美味しいものが食べたい、芝生が広がっている公園の木陰で昼寝したい、海を眺めながらジントニックが飲みたい、趣きがある図書館で本を読みたい、音楽をかけながら思いっきり踊りたい、しとしとと降る雨を眺めたい、料理をしたい、登山やキャンプで体を動かしたい。

どれも心の底からしたいと思うことです。振り返ってみると自分のしたいことに正直に生きてきた気がします。

丁寧な暮らしや生活って何なんでしょう。これからも自分がしたいこと、やりたいことに素直になって、一つ一つやっていこうと思いました。

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